わたしたちの生活に新型コロナウイルスという驚異が現れてから、約半年。どうにもならない日々をどうにかしようともがくなかで、だれもが言葉では言い表せない不安を心のどこかに抱えていることでしょう。
自分の行動で、だれかが苦しむかもしれない。だれかの行動で、自分の明日が変わってしまうかもしれない。
そんな状況のなか、できるだけ自分や身のまわりの人が「だいじょうぶ」でいられるためのヒントを、実際にコロナへの感染を経験した、とある女性へのインタビューから探してきました。
「かからない」ことだけについつい躍起になってしまうわたしたちが、今だからこそ知っておきたい実情と「思い込み」についてのお話です。
─今回お話を伺ったのは
都内に住む、筆者の後輩・Oちゃん。春から歳上の彼氏と同棲中。
Oちゃんはアパレル企業、彼は飲食店につとめる接客業カップル。
もくじ
自覚症状がなくとも、だれもが”そう”かもしれない今。
(取材のためにとっておいてくれた、百合子ちゃんからの手紙)
さとう:まずは、本当に無事でよかった!わたしの知っているなかではふたりが初めての発症者だったから、これからどうなるんだろうって心配だったよ。
Oちゃん:ご心配をおかけしました。陽性かどうかわかるまでも時間がかかったし、そのあともしばらくホテル待機だったから、前に会う約束をしてから結構な時間があいちゃいましたよね。
さとう:今はふたりとも、元気を取り戻せたの?
Oちゃん:すっかり!実は、私に関しては最初からほとんど症状がなかったんですよ。いつも風邪をひくときに鼻水が出ちゃうほうなんですけど、今回もただの夏風邪なのかなって。
彼が先に陽性だとわからなかったら、コロナだったってことも知らずにそのまま治ってたんじゃないかと思います。
さとう:でも、そうだよね。周りに発症者がいなくて、自分にも症状がなければ、やっぱり「まさか」って感じそう。今は、無症状なだけで実は感染してるってケースがかなり増えてるんじゃないのかな。
コロナウイルスの主な初期症状と言われているもの
微熱が数日続いてからの発熱、頭痛、鼻水、お腹の痛み、だるさ、寒気、呼吸のしづらさ、味覚・嗅覚異常など。
コロナウイルス感染がわかるまで
Oちゃん:まず、最初に彼が熱っぽいことに気づいて。次の日から38〜39度の熱が3日間くらい続いたので、「さすがにこれはまずい」って察して検査を受けることにしました。
でも、彼も当初はコロナだと思ってなかったみたいなんですよね。彼はぜんそく持ちなので、吸引機の回数が多くなっていたことがひっかかっていたんですが、ふたりとも味覚症状や咳はなかったんです。しいて言うなら、ちょっと喉がいがらっぽいかんじ…?
さとう:なるほどね。わたしの彼は、数ヶ月前に味覚症状みたいなものが出たけど、熱がないせいで検査が受けられなかったんだ。そういう人も多いみたい。
検査までは、スムーズにはこんだ?
Oちゃん:そうですね。彼の場合は最初に病院に「こんな症状が出てるけど行ってもいいですか?」って相談したんです。そこで、まず私も含めて血液検査を受けることになりました。
血液検査だけじゃコロナかはわからないけど、健康状態に異変があるかどうかを調べられるんです。そうやって、「数値に異常が出たからPCR検査をしたほうがいい」っていうのを、病院から保健所に連絡してもらえました。
(右下部分に注目すると、異常値の↑↓マークがわかる)
まだまだ知らない、「PCR検査」の実態
さとう:PCR検査って、どこか施設みたいなところで受けるの?
Oちゃん:私たちが住んでいる地域では、白い仮設テントみたいなところでした。そこでは、プラスチックでできた小さな試験管に唾液を溜めて渡します。鼻に綿棒を入れてやる話も聞きますよね。
さとう:なにか、粘液がとれればわかるかんじなのかな。
Oちゃん:その後は、2日後くらいに病院から電話がきて、ふたりとも陽性だったことを知らされました。
それで、保健所からまた電話で指示があって、症状が悪化していた彼はそのまま入院することに。体調が良かった私は、ホテルで隔離されることになりました。
感染がわかってからの動きと、入院中やホテル隔離での生活
さとう:一気にわからないことだらけの事態になって、不安だったよね。急な入院って、手続きも大変じゃなかった?
Oちゃん:それが、すべて保健所で手配してくれたので私たちがすることはなにもなかったんです。「何日の何時に自宅まで迎えに行くから」と連絡があったので、しばらく生活するための身のまわりのものを用意するくらい。
そして、それぞれ全身を防護服でガードされた運転手さんに、ビニール張りの車で連れて行かれました。無事に届けてくれた後は保護シートをすべて取り替えて、そこからの感染を防いでるんじゃないでしょうか。
さとう:ホテルの中での隔離って、どんなかんじだったの?
Oちゃん:食事はお弁当も支給されるし、必要なものは揃っていたのでそんなに困ることはなかったです。
ただ、やっぱりホテルの部屋にひとりきりになると不安は襲ってきて。職場の人たちに迷惑かけちゃったなとか、考え込む時間が増えました。周りの人には「大丈夫です!」って言っておかないと心配かけちゃうだろうし…。ずっと入院中の彼と電話をつないで、気を紛らわしてました。
(支給されたお弁当。意外と美味しそう!)
一度発症すると、いつ「治った」ことになるのか?気になる治療費についても…
さとう:ふたりはそれぞれ、どのくらいの期間隔離をされてたの?
Oちゃん:私の場合は、10日を目安にホテルにいることが決まっていました。そのまま症状が悪化しなかったので自宅に戻って、数日自宅で待機してから職場にも復活しました。
彼は高熱が出ていたことや軽い肺炎なっていたこともあって、退院は医師の判断で決められたみたいです。
WHOの報告によると、新型コロナウイルスの潜伏期間は1~14日間ほど。感染してから症状を発症するまでの平均期間は5~6日ほどと言われています。
さとう:医療費の負担について、聞いてもいい?
Oちゃん:それが、ホテル代や治療費ははすべて無料だったんですよ!彼は、退院が決まったときに「心配だったらそのまま続けて入院できるけど、ここから先はお金がかかるよ」という説明を受けたみたいです。
(隔離中の生活についても、細かくルールがまとめられている)
でも、気になることがひとつあって。ホテル隔離や入院の前にはPCR検査を受けるけど、出るときには確認しないんです。それで本当に「治った」って言っていいのかなって不安は残りました。
幸い、私も彼も周りに感染者は出ずに終わったのでほっとしたけど…。
さとう:えっ、そうなんだ!それはその後また社会生活を送る上では心配だよね。一度感染すると、免疫がつくのかどうかも早く明らかになってほしいな。
免疫といえば、爆笑問題の太田さんが今騒がれてる”夜の街”について「むしろ安全な街になるかもしれない」って言ってたんだ。歌舞伎町に限らず、今も外でがんばってくれてる接客業の人たちの心の安心が確保されるようになってほしい。
【関連記事】太田光がコロナ感染者数拡大で夜の街危険視に異論「歌舞伎町が一番安全な街になるかも」
増えはじめた家庭内感染と、知ってほしい「接触確認アプリの存在」
さとう:夜の街に次いで、注目されはじめたのが家庭内感染だよね。
たとえば、「スキンシップは控えたりしたほうがいいのかな?」とか「家の中でもマスクはつけたほうがいいのかな?」とか考えたりしない?でも、国は少子化につながるようなことはぜったいに言わない。もっと、なにができるかについて情報がほしいよね。
Oちゃん:それはそうですよね。たとえば、一軒家で部屋がわけられるならまだしも…。
濃厚接触は、「マスクを外した状態で15分以上会話をしたことがあるかどうか」だって定義を聞いたんです。わたしたちみたいにアパートの同棲で完全に生活スペースを共有してる場合、それを避けるなんてまず難しい。
さとう:そういうよく聞くようになった言葉についても、理解できてない部分が多いよね。
それに、Oちゃんたちって感染対策をあなどってたわけでもないじゃない?コロナに関するアプリも教えてくれたもんね。
Oちゃん:厚生労働省のやつですよね!あれは、彼が見つけてくれたんです。でも、ふたりとも結果には出なかったな…。
さとう:まだまだ、知られてないのかもしれないね。だけど、「意味がなさそうだから使わない」じゃなくて、もっと広めていくことのほうが大事だと思う。使う人が増えれば増えるほど、精度が高まるものだから。
(接触や期間さえわかれば、家庭内でも対策がとりやすくなりそう)
回復してもなお、感染したことに罪悪感を持ってしまう
さとう:ここからは、隔離後の生活や周りの反応について聞かせてもらっていいかな。よく、従業員で感染者が出たお店が休業になっているイメージがあるけど、Oちゃんのところはどうだった?
Oちゃん:そうですね。職場には区の検査が入って、店舗消毒をすることになりました。そのあと1週間くらいたって、また営業を再開したようです。
さとう:Oちゃんはすごく気を使う子だから、肩身がせまかったんじゃないかと心配…。
Oちゃん:いや、都内での感染者が何百人と報道されてた時期だったので、ほとんどの人は「だれがなってもおかしくないよ」という反応でした。
でも、ひとりだけホテルで待機しているあいだにも探りを入れるようなラインをずっと送ってくる人がいて…。
さとう:それはしんどいね。どんな内容だったの?
Oちゃん:「みんなが言わないから私が言わせてもらうけど、あなたのせいでみんな不安なんだよ?」みたいなかんじでした。
さとう:ええっ!?あなたのせいでって、そんなことある?もしかしてその人、感染と発症のちがいについてよくわかってなかったんじゃないかな。
今回は、彼氏さんが先に発症したから、Oちゃんの感染がわかったわけだよね。でも、Oちゃんみたいに感染しても症状が出ない人もいるから、だれからうつしたかはだれにも決められない。もしかしたら、気づいてないだけでその人経由ってこともありえるのに。
Oちゃん:そうかもしれないけど、ひとりでもそんなふうに言ってくるひとがいるとやっぱり病んじゃって。ホテルの部屋でも孤独で、わけもなく涙がでてきたり…。
自分にも悪いとこがあったかもしれないし、もっとなにかできたかもしれないのにってずっと自分を責めてました。
(「お・も・て・な・し」みたく言うな)
今だからこそ疑問をもとう、わたしたちの「思い込み」
さとう:実はね、この取材をしよう、しっかり書こうって思ってお願いしたのは、ウイルスだけじゃなく社会との兼ね合いで悩むひとがすごく多いのに気づいたからなんだ。
この間、心理学の本を読んで「認知バイアス」って言葉を知ったの。バイアスは、「かたより」って意味なんだけど。人間って、事実よりも自分の「思い込み」で動いてしまう生き物なんだって。
Oちゃん:知らなかったです!どういう内容だったんですか?
さとう:いろいろと種類があって、まず基本的なのは「正常性バイアス」。
たとえば、町中で乱闘があったり、非常ベルが鳴ったり災害の予報があったときに、「たいしたことないだろう」「どうせ誤報・誤作動でしょ」なんて言いがちな人がいるよね。これは、自分の常識を外れた異常自体が起こったときに、「なんでもない正常な範囲だ」って考えることで心の平和を保ちたいからなんだって。
Oちゃん:ああ、なるほど。たしかにコロナも、今まで体験したことがないくらい未知のできごとですもんね。
さとう:やっかいなのは、そういうバイアスがはたらいてる人はいざトラブルが発生したときに「被害者が悪い」って思い込んじゃうの。痴漢にあった女性に対して、「どうせ短いスカート履いてたからだ」みたいにね。
そうすると、このコロナ禍でも「かかった人は運が悪い」「どうせ対策を怠って遊び歩いてたんだろ」って思考に陥りやすくなるらしい。
さとう:なかでも、わたしが納得したのは「アンカリング効果」!最初に知ったり、注目した特定の情報にひっぱられすぎることなんだって。
そのせいで、コロナ禍になった最初の頃はゴミ捨て外にでないでずっとひきこもってた。だれとも話さないで、ひとりでふさぎこんじゃって…。
Oちゃん:言ってましたね!(笑)
さとう:あと、「確証バイアス」っていうのもあって。自分の考えを裏付けるために、確証をどんどん求めてしまうんだって。わたしも、あのときパンデミック系の漫画とかパニック映画ばっかり見て自分の世界に閉じこもってたもん。
Oちゃんの職場の人も、きっと自分が安心したくて責めるようなことしちゃったんじゃないかな。「自分は大丈夫」って思いたくて、そういう根拠がほしかったんだよね。
(現実と向き合うと、「自分も無症状で陽性かも」と気づいてしまうから)
Oちゃん:みんな、不安なんだと思います。とにかく安心したいんですよね。それに、自分のお母さんくらいの世代の人だから、得られる情報も限られてると思います。わたしたちみたいに、ネットにもそんなに明るくないだろうし。
さとう:確証バイアスがかかってると、自分の考えをくつがえすような意見を無視したり、探す努力をしなくなっちゃうみたい。その結果、自分の判断は間違っていないと思い込む傾向があるんだって。「自分の意見は正しい」と思える事実だけが目に入るんだよ。
Oちゃん:たしかに、そういう人っていますよね。自分もそういうときがあるのかも。
さとう:そうなんだよね。みんなに可能性があることだと思う。合理的な判断ができてる・考えられてるってときこそ思い込みが強くなるものだから。
こんな世の中だからこそ、知ることを諦めないで、もう一歩踏み込んで、広い視野で見てみたいよね。「本当にそうかな?」って。